高校魅力化による地域力維持
より強いものへのより強い投資
日本の人口が減少傾向にあり、全国の地方自治体の維持が難しくなるとの人口推計が相次いでいる。2040年には全国1800市区町村の半分近くの自治体の存続が難しくなるとの予測があり、我々は人口維持を真剣に考えるべき時期に直面していると言える。特に私の活動している過疎地域、合併市町村の縁辺部、離島、山間の限界集落等では無居住地域の出現など深刻な事態に直面することが予想される。地域存続、地域自治の維持を図るための解決策として考えられるのは、積極的なIUターン者の誘致や外部から転入したいと思える魅力的な高校教育、子育て支援の充実、役所の機能を住民が肩代わりする職能組織の創設等だ。地方分権の流れの中で如何に広域合併した地方自治体が機動的に柔軟に施策を打ってゆくかもカギだ。
このうちIUターン者の誘致では各地で導入が盛んとなった地域おこし協力隊活動を卒業した人材を如何に地域の起業・定住に結び付けるかは大きなテーマであり、その先進的な事例は出始めている。また、島根県立隠岐島前高校が口火を切った高校魅力化は統廃合危機にある公立高校の存続と地域力維持を占う重要なカードになってきた。福島県矢祭町の手厚い子育て支援策への特化なども検討に値する。いずれも縁辺部の過疎地域で切実な課題に取り組む自治体が大きな成果をあげているという事実は今後の日本の成長を促すために大きな示唆を与えている。成長の“のびしろ”は縁辺部にあり。成長は切実な課題に直面している現場にあり。
「格差是正、均等ばらまき」と言われてきた時代から「集中と選択」 の時代へと入り10年を超える。今、「集中と選択」に基づき展開中の経済の成長戦略は、やる気を示すものを選択し集中的に支援することから、より強いものへのより強い投資を行い成長に刺激を与えることに変貌してきている。このためのやる気のある自治体の選別すら始まっている。これはこれで賛成するが、弱い縁辺部からも、より“のびしろ”のある事例を出してゆくことこそが、より強い日本を生み出す原資となるのではないか、更なる成長へとつなげてゆけるのではないかと考えている。特に教育分野の縁辺部での成長は大いなる可能性を秘めているのではないか。
隠岐島前高校が口火を切った高校の魅力化
定員割れで統廃合が検討されている高校は多い。市町村立の小中学校と違い県立高校など運営主体が違うのでなかなか地域の要請は届きにくいが、地域住民が早めに問題意識を醸成し危機感をもって高校存続を考えていかないと、あっというまに統廃合が決まってしまう。高校消滅による地域力の低下は否めない。人口減少による自治体の存続は更なる危機に直面する。
島根県立隠岐島前高校は、この地域にあるただひとつの高校である。高校がある海士町は人口が2300人余り、少子高齢化が進んでいる。高校では、新入生の数が年々減少して平成20年度には28人となり、学校の存続さえ危ぶまれた。ところが、平成26年度の入学者は59人と平成20年度の2倍以上に増え、見事な「V字回復」を果たした。島前地域の3町村が6年前から取り組んできたのが、「島前高校・魅力化プロジェクト」である。過疎の島と悲観することなく、豊かな自然などの魅力を発信することで、外から入学者を呼び込もうと考えた。島外からの入学は「島留学」と名付けられた。プロジェクトが進めた主な取り組みは授業改革、学力の保障、寮の完備である。特に学力の保障では大学進学を目指す生徒のために学校と自治体が協力して公営塾を開設し、塾がなかった島での教育的な不利を克服した。
その後、全国各地の過疎地では高校の魅力化が始まっている。親元を離れ学ぶ生徒を獲得するために寮を整備し、学習環境を整備する高校が増加し、生徒獲得競争が熱を帯びてきている。鹿児島県立楠隼中高一貫教育校は宇宙航空研究開発機構(JAXA)と協定し、宇宙航空を素材とした教育を推進する。兵庫県立村岡高校ではクロスカントリースキーなどのスポーツによる魅力化、滋賀県立信楽高校では陶芸の技術や知識を学ぶ講座を設け特化する。公立高校の入学者に居住地制限を設けておらず、都道府県の判断により全国公募が可能である。生き残りをかけた変異が過疎地域を中心に始まっている。生き残った高校は強いはず。成長の原資はここにある。
大阪府の国際戦略特区の「公立学校園の民間委託」に注目
国家戦略特区というと兵庫県養父市の農業特区に目を奪われがちであるが、大阪府の国際戦略特区の中にある「公立学校園の民間委託」は検討に値する。大阪府は公立学校園の管理運営を包括委託(公設民営学校園の設置)、民間の運営ノウハウや優秀な人材を活用し、グローバル社会を力強く生き抜き未来を切り開く人材を育成すると特区の概要を説明している。公設民営で考えられていることは大阪府が教職員の人件費を出すものの民間企業がその特色を生かして定員割れを解消し、応募者増に貢献し収益を上げる仕組みを考え、収益を得ることにある。
こうした提案に対して議論を深めることを目的としてあくまで個人的な意見ではあるが具体例を示そう。例えば大阪空港周辺に立地する定員割れの公立高校があるとして、大手航空会社が公立高校を運営できないか。客室乗務員を目指す生徒を全国から集め航空会社の人材供給、育成機関として機能し魅力ある高校に再生するということは考えられないか。客室乗務員が教鞭をとる場合、教職免許がないではないかと考えがちであるが、教室に免許を持った先生が一人いればその教室で教員免許がなくても教えられるのだそうだ。公立高校の管理運営を民間委託することは統廃合危機、消滅危機の高校にとって可能性のありそうな選択肢ではないであろうか。
まちづくりの中でつくる自立学習の場づくり
秋田県の小中学校の学力は日本一。しかし、高校になると学力調査のランクがぐっと下がってしまう。競争に弱いと秋田県内で聞いた。同じような話を大阪でも聞いた。大阪は小中学校の学力調査のランクは下から数えた方が早いが公立高校の学力となると上位に浮上する。競争に強いのだと。大阪の公立高校ではどこでも高校内でしっかり勉強しているものの午後4時以降9時までの勉強をする機会や場所に恵まれていない高校があり、ここで大きな差が出てしまうとも聞いた。午後4時以降の塾での勉強で熾烈な戦いをしているのが大阪。大阪でも塾がない地域はありここで学力差が生じてしまう。大阪府立トップ校の合格実績をめぐり、大手塾2社が「にらみ合い」とニュースになったのは最近の出来事だ。隠岐島前高校の公営塾の状況も聞いたが、ここでも午後9時まで勉強している。高校生には午後4時から9時で差がつく現実を突きつけられており大変な時代になった。そしてこの時間内の勉強にお金がかかるのなら貧富の差が学力に反映されてしまうことになる。何とかならないものか。
日経新聞「学校の質高める挑戦、地域格差解消へ一丸」の記事では米首都ワシントンの南東地区にある公立アナコスチア高校を特集している。荒れた学校。生徒の大半が昼食費の補助対象。学力のレベルでは市内で最低ランクの同校に再生の兆しが見え始めている。教師らがボランティアで始業前後や週末の補習にあたってきたほか、地域の教会などと連携した生活指導にも取り組んでいる。低所得にあえぐ家庭の子供が質の低い教育しか受けられない悪循環を断ち切れるのか、政府・自治体、保護者らの試行錯誤は続くと記事は結んでいる。
一方、兵庫県丹波市の「みんなで学ぶ学習道場」では、生徒を集め、食事を共にして、自習の手助けをしている。新しい公民館活動のような機能を持つ場所づくりを行っている。こうした活動は全国各地のまちづくりの中で必要ではないかと考える。自立学習を助ける場所、かたよらない時間のマネージメント、共有するノウハウ、モチベーションを持続できる示唆に富む言葉。そんなマネージメント方法を住民がおぼえさえすれば学問を教える必要はないだろう。ノウハウ書をみんなで読んでみんなで考え実行する自立学習体制を築けばよいのではないか。そんな新しい公民館活動は午後4時から9時までとちょっと大変だが考えてみる価値はある。それではいつやるのか。今でしょ。