苦しいときこそ強いかたちができる(2014年3月)
地方自治体への民間人派遣事業で単身赴任し10年目を迎える。平成24年度より愛媛県今治市の島嶼部にある吉海支所総務課に赴任中である。工業出荷額1兆円を超える今治市。造船、タオルなどの輸出産業を抱える業界は上げ潮の時を迎えている。トヨタが1兆8000億円を超える利益。輸出産業の今治造船業界も増収が見込まれている。2年後の造船業の景気予報はどしゃ降りの報道を前にカイゼンにつぐカイゼンで体質強化を図ってきた今治造船業界。1ドル100円を超え、日本経済の根幹をなす輸出産業は再浮揚しはじめた。
先日今治市地場産業センターで講演した経営学の世界的権威、東京大学の藤本隆宏教授とは小学校の同級生だ。藤本先生の著書「能力構築競争」では日本の自動車産業等を「擦り合わせ型」とアメリカのIT産業等を「組み合わせ型」とに分類している。
細かい工程、部門同士の連絡連携の中でトヨタのかんばん方式などに代表される精緻なものづくり産業を生んできた。自動車という商品を発意し最終商品にするまでのリードタイムが他国に比べ短いのが日本の優位性だ。これを「裏の競争力」という。こうしたものづくり産業を「摺り合せ型」とし日本の得意分野と規定した。
一方、移民国家のアメリカは、IT分野が得意である。USBなどの接続部分の標準化であとは自由な発想を勝手に展開してねというものづくり。変化の早いネットの世界に日本の大企業のスピードでは対応できない。日本にとって「組み合わせ型」は不得意な分野だ。
私は、藤本君に大きく触発された。インドネシアの瓦の地場産業振興の仕事では日本の瓦産地の強いかたちを調査。日本の瓦産業は三州、石見、淡路の三大産地のシェアが9割。いずれも“強いかたち”を持ち生き残った。
三州瓦は「工程分業」に成功した。粘土熟成、成型乾燥、窯元の3工程をそれぞれ違う企業が行い大量生産化に向く地場産業のかたちを作った。東名高速の開通とともに名古屋圏だけではなく、首都圏の市場を手にいれた。
淡路瓦は「部品協業」。京都、奈良の瓦産業が鬼瓦の文化性を追求、専業化する中で、その下請として付加価値の低い平瓦の大量生産の組織化に成功。複数の窯元がモデュールを共有し和瓦の工業化に成功した。
石見瓦は「販売協業」に成功した。西日本を中心に在庫置き場型の販売ステーションを設置して販路を拡大した。凍結に強い陶器製の瓦で西日本を席巻した。3大産地は“強いかたち”とマーケットを見つけ大規模投資を敢行しシェアを拡大した。3大産地は30年間で全国シェアを50%から90%へと拡大した。
大分県臼杵市は醤油、味噌の産地。産地を支えるフジジンとフンドウキンはライバル社だ。フンドウキンのマークはフンドウに創業者の金さんの字。フンドウ(重さ)に金の字は左右対称でくるくるまわる。重さに裏表なしと創業者が言っていると聞き、フンドウキンは2番手だと読んだ。これは重さでごまかしている人がいるよという強烈なメッセージ。つまり2番手の証だ。フンドウキンは商品が売れず卸に卸していたかもしれない。しかし大流通時代になりこの流通網が生きて大逆転し生き残ったのではないかと思った。まさにライバルあってこそ強いかたちができたのではないか。
今治市の造船業も実に強いライバルが屋台骨を支える。バルカー(バラ積み船)を得意とし建造速度(リードタイム)が早い今治造船社。まさに日本が誇る驚異的な裏の競争力をみせている。一方、新来島どっく社はドックの隣にステンレスパイプ工場を持ち、自前部品でケミカルタンカーが作れる。臼杵市や今治市の地場産業は熾烈な競争をしてきた。苦しい中でカイゼンを重ね、体質強化を図っているうちに仕方なく変異した“かたち”が産業の強さではないか。
日清食品を創業した安藤百福が発明したインスタントラーメンは平成11年に世界で982億食も食べられ、4兆2000億円を売る市場に成長した。実に100万人の雇用を生んでいる。しかし最初の一歩は小さい。さまざまな商売を経て即席麺にたどり着く百福に着目すべし。メリヤス、住宅製造、製塩。さまざまな商売を経て百福がたどりついた即席麺の事業。戦後の闇市でラーメン屋台の長い行列を見て、家で簡単に食べられたらと思ったのが出発点だったと百福は語っている。
藤本隆宏先生は「創発」を「思惑倒れ」「怪我の功名」「瓢箪から駒」と彼の著書「能力構築競争」の中で言っている。ノーベル化学賞を受賞した鈴木章北海道大名誉教授も「何もやらない人は(偶然に物事を発見する能力である)セレンディピティ(創発)に接する機会はない。一生懸命やって、真剣に新しいものを見つけようとやっている人には顔を出す」と発言している。
今治市でも今治タオルが「創発」を起こした。安いタオルが海外から流入し苦戦する中、ブランド化を何度もトライしていた今治タオル業界。そんな今治タオルのブランドが中国で勝手に登録商標されたニュースは全国を駆け巡った。今治タオルのブランドは実は予想だにもしないことで全国ブランドとして認知される契機を作った。これも「怪我の功名」。まさに「創発」といってもよいのではないだろうか。百福は「さまざまな商売を経て」と言っている。今治市は「ブランド化へのあくなき挑戦の中で」ではないか。
苦しいときこそカイゼンによる体質強化が肝要。そしてその取組の中で偶然ラッキーは起こるもの。苦しいときに地場産業の強いかたちが創発によってできる。偶然ラッキーとは「現象」ではなく「能力」である。「棚からぼた餅」はお腹がすいていればこそだ。偶然ラッキーは餅投げに似ている。定量的に空間に流れる偶然ラッキーは掴み取る姿勢なくして餅を手にすることはできない。グローバル化した現代社会。我々は新分野に対してあくなき学習を積重ねなければならない時代に入った。百福が始めた現代の小さな試作室って果たして何なんでしょうね。