ピザ窯が呼ぶ人・モノ・お金(朝日新聞2015年12月)

ピザを焼く石窯を中山間地域の集落に設置する動きが、秋田県内で広がっている。高齢化が進み、経済が停滞しがちな過疎地だが、安価に設置できる石窯を中心に、人、モノ、お金の、小さくても新しい流れができつつある。

秋田県能代市の中心部で11月29日、今年最後の日曜朝市が開かれた。市北部の中山間地、常盤地区の住民らがつくるNPO法人「常盤ときめき隊」が開催地の自治会と8年前から企画し、新鮮な野菜や惣菜などを販売する。郷土料理「だまこ鍋」のコーナーの隣に、ピザ窯が並んだ。

石窯は約1メートル四方で、重さ約250キロ。隊長が軽トラックで約10キロの道のりを運んできた。300度まで窯を熱すると、5分でピザが焼き上がった。

この日のピザは2種類。同地区産のタマネギやピーマンを使ったマルゲリータと、野沢菜やいぶりがっこを合わせた和風ピザ。ベースのトマトソースは、地元産トマトにハタハタの魚醤「しょっつる」を加えたオリジナルだ。

雪がちらつく天気だったが、1枚700円のピザがあっという間に約50枚売れた。「手作りと材料にこだわっているから、反応がいいのだと思う。少しでも小規模農家の力になれれば」と隊長。

石窯づくりは2010年ごろから、県内の中山間地域で広がってきた。発端は県南部の由利本荘市だ。市観光文化振興課によると、市内には今、集落や公共施設に少なくとも15基の石窯がある。

市は10年度から、赤字を出していた第3セクター「天鷺ワイン」を再生しようと、市内の施設に石窯を設置しワインとピザを親しむイベントを開催。これを見た市内各地の集落が「自分たちもやってみたい」と手を上げた。

市が耐火れんがなどの材料費を全額補助すると、手作りの石窯の設置が一気に増えた。市はさらに、プロのシェフを招いた講習会も開催。勉強した住民は地元産食材を生かしたメニューを開発し、イベントで販売したり、ピザ焼き体験で観光客を呼び込んだりする取り組みが広がった。

石窯の製作費は材料代を含めて10万~20万円ほど。イベントで1枚数百円のピザを1日100枚以上売上げ、住民スタッフに日当を支払う集落も出てきた。由利本荘市のアドバイザーを務め、各地で地域おこしを仕掛ける斉藤俊幸さんは「地域でお金を回す仕組みの一つ。地域の薪を燃料で使えば、エネルギーの循環にもなる」と話す。設置している集落へは、石窯の可能性に注目する東北各県などからの視察が絶えない。

64世帯、約250人が暮らす坂之下集落の代表は「ピザ窯を作ってから集落内の交流が盛んになり、お互いの子や孫にも声をかけるようになった」と集落活性化の実感を話す。

ピザ窯
ピザ窯
ピザ窯
ピザ窯