テーマを見つけられると頑張れるもの
愛媛県今治市の沖合にある離島津島で総務省の生活サービス支援のモデル事業が行われている。人口20人、平均年齢83歳のこの島で30年ぶりの秋祭り復活に向け、先日島外の50人余りのボランティアが集まり境内や参道の雑草刈が行われた。そのリーダーがNPOアクションアイランドの矢野都林(くにしげ)さん、65歳だ。矢野さんは市町村の広域合併で存在感が薄れる旧吉海町がこのままでよいのかと憂い、元気のある地域活動をするために地域活性化をささえる住民組織であるNPOを創設した。数多くのイベントへの参加や観光客の受け入れなどの活動や活動拠点となる空と海の駅を運営してきた。先日、NHKのクローズアップ現代「わが町を身の丈に~人口減少時代の都市再編」を見た。特集の中では無居住地域なる地域も全国にたくさん生まれるとの報告。離島はどうなってしまうのか。都市部で考えられていることと過疎地域とでは自ずと答が違う。無居住集落は放置したままなのか。このまま形骸だけを残し人がいなくなってしまうのか。大きな問題がこの道の前方に立ちはだかっている。身の丈のまちづくりは物理的問題ではない。行政サービスの問題でもない。我々は何もしないわけにはいかない。人口20人の離島津島もやがては消える運命なのかも知れないが、そこに一石を投じたのが矢野さんたちだ。
矢野さんは元トラックの運転手。全国に愛媛のみかんを届けてきた。その彼がふるさとの大島(今治市吉海町)でNPOを作り活動を始めたのは2年前のことだ。まちづくりのNPOを創設したものの、はっきりした目的や地域課題を見つけることができないでいたように思う。しかし、瀬戸内の島しょ部を中心に「しまのわ2013」(広島県と愛媛県共催の島博覧会)が開催されることになり、しまなみ海道で連絡する大島沖合の船で10分の位置にある離島津島でのイベント開催を提案したのが矢野さんだった。また、時期を同じくして総務省の生活サービス支援事業の応募によって、離島津島の生活支援サービスという地域課題を考えたことが大きな分岐点だったと思う。この間、我々は何度も話し合ったし、矢野さんも過疎地域が抱える問題に対して実に新鮮な事業提案を行った。その後、事業が採択を得たことを契機に地域課題を解決するというまちづくりの視点に目覚めたのだと思う。はじめてテーマを見つけられたのだと思う。
矢野さんは船の操縦免許を取得し、小さいながら10人は乗れる船を自費で購入した。今はトラックを運転するがごとく船を操り、ボランティアの人たちを離島に運んでいる。道路清掃、環境美化、祭りの復活等を支援するボランティアを集め、昼食サービスや瀬戸内のクルーズと組み合わせたボランティア観光を企画することによって支援活動自体の自立を目指している。まちづくりに参加することはなかなかむずかしい。ひとりで活動しはじめることはむずかしい。しかし、何かのテーマを見つけられると頑張れるのではないか。人を運び、人の心をつなぐという今までやってきた運送業の延長でテーマが見つけられ矢野さんはいきいきと活動をはじめている。地域にある課題を解決できるテーマを見出すことはなかなかむずかしいが、それを見つけさえすれば頑張れることを矢野さんが示している
この夏、吉海町で開催された「子ども絆プロジェクト」で福島の子どもたち25人を受け入れての盆休みに吉海町の高龍寺では矢野さんが子どもたちを前に講和をした。今日の出会いは偶然じゃない。必然だ。ご縁がある、このめぐり合わせに感謝する、絆がある。千手観音を祭る高龍寺。人間は二手、千手観音とはチームワークと話し始めた。ウサギとカメの話を知っていますか。こっそり、人を出し抜いてはいけない。ペース違うけどうさぎさんを起こして一緒にゴールインしよう。自分だけ幸せになろうなんてできない。薬師如来を知っていますか。薬師如来は薬壺を手にしている。世の中の道具は使えよ。できることはやれよと言っている。世の中の道具になれ。みんなの役に立て。
矢野さんは自分自身がそう生きてきたのだということを子どもたちに伝えるようにゆっくりと話をした。そして地域のみんなが手を差し伸べ合うことで、役に立つことをすることによって過疎地域の問題は解決されるのだと話しているような気がしてとても感動した。矢野さんはしまなみ海道のまちづくりのリーダー。