成長の仕組みを内包する機械、イノベーションを促す手順(2014年5月)
少しずつ買い増して成長する
1994年4月にビールの年間最低製造量が2,000klから60klに引き下げられた。地ビールの規制緩和が行われて20年目を迎えた今年、早や2014年。
私は地ビールの規制緩和を新聞紙上で知り、その後、地ビールの醸造設備を販売しようと思い立つ。それまで補助事業につながる調査報告書や補助金申請書を地方自治体と協議して書くことが多く、全体配置図や建築設計図や機械設備の仕様書をそろえることを仕事にしてきた。このため建築と設備を横断する見積もり作成とマネージメントでビジネスができるのではないかと考え即座に新規参入を決意した。
地ビールは装置産業であり大きな初期投資をかけて大手ビールメーカーのようなナショナルブランドとして成立させることはすぐにはむずかしい。規制緩和後の20年間にナショナルブランドとして成長した地ビールメーカーはない。ただ、日本の地ビールがナショナルブランドとして成長する可能性は今後大いにある。
日本には吟醸酒ブームのころの地酒のナショナルブランド化の経験がある。これは需要が伸びるごとに発酵タンクをひとつずつ買い増してゆく戦法。“久保田”も“越の寒梅”も“八海山”もみなこの戦法で大きな醸造所に成長することに成功した。貢献したのは冷蔵機能をタンク表面に持った吟醸酒用の発酵タンク。冷蔵機能のある室内にステンレス製の裸の発酵タンクや琺瑯(ほうろう)製の開放タンクを配置するのでは延床面積が生産量を制限してしまう。大容量のチラー配管でシステムを構築してタンクを冷やすのではシステムが生産量を制限してしまう。莫大な建設費をかけて大きな冷蔵庫を作る必要がなく小投資で成長できたのが個別冷蔵機能を持つ発酵タンクの買い増し戦法だ。発酵タンクのまわりに雪を突き固めて薫り高い吟醸香を残した越後の酒造技術の「寒造り」を吟醸酒用の発酵タンクに応用したものだ。
私はこの吟醸酒の発酵タンクメーカーと輸入業者と組んで地ビール醸造設備を製造する各国の鉄工所を訪問し、様々な醸造方法と設備の性能を調査し、新潟県で開発された吟醸酒用タンクの地ビール版発酵タンクを開発した。私はこの発酵タンクの名称である“ビアサーマルタンク”の名付け親ともなった。需要に応じて徐々に成長する地ビール会社。景気回復のさなか北米ではビール消費量の20%近くを地ビールが占めるブームが起こっている。日本でも暗黒の90年代を経た地ビールにとってもし景気回復基調となればそれは初めての経験であり、このタイミングでナショナルブランド化した地ビールが登場するのかもしれない。ナショナルブランドとして成長するのは、需要に応じて少しずつ買い増して成長できる醸造所が大きな候補で、彼らから南九州の芋焼酎蔵のように法人税をたくさん払える醸造所が続出するかもしれないと考えている。
代用品、中古品でスタートする
市場の小さい地方での食品産業のイノベーションを考える場合、初期投資の削減は重要な要素である。食品の製造工程はうまく作るコツは別にして、煮たり、焼いたり、蒸したり、乾燥させたり、冷やしたり、凍らせたり、洗ったり、はてまた包装したりしかない。また、こうした食品機械はすでに開発されており、その中古品も市場に出回っている。それを製造工程に合わせて組み合わせれば何でもできる。高知県本山町のばうむ合同会社の米焼酎蒸留所は通常1億円はかかる初期投資を、代用品を使うことによって300万円程度まで落しスタートすることができた。納豆は400万円の温蔵庫は初期段階では不要で中古の小さな冷蔵庫とコタツのヒーターを中に入れればできる。日清食品の創業者、安藤百福のラーメン工場は小さな小屋だったことを忘れてはならない。初動期はまずはやってみて試行錯誤して光明を見つけることに集中すべきだ。そして市場の創発(瓢箪から駒)を待つべきだ。まずは小さく生んで大きく育てることが重要でイノベーションを支援する専門家たちは工程に準じた代用品、中古品ラインの構築の工夫をもっと研究すべきだ。
アベノミクスでは金融緩和をしているものの借り手がいないことが大きな問題とニュースで言っていたが、融資案件を増やすためにはこうした融資を切望する前の発芽段階の人たちをもっと増やすべきだと考える。そのために社会実験の厚みを増すべきだ。
新事業創出時に補助金もらって新しい豪華な設備をそろえるのは考えもので、まずは代用品を組み合わせて社会実験をスタートさせるべきである。うまく資金が回りだしてから、問題点を認識しその課題解決を図りながら、融資を受けて更なる事業化をすべきと考えている。多分そのころは当事者も方向性が見えており、必死の形相で考え始めるものだ。旺盛なやる気と覚悟が醸成されていれば成功の確率は高い。地域に根付く産業の芽はこうして生まれる。
コミュニティビジネスから産業へ
計画を机上で議論するのではなく、社会実験の現場で意見を出し合うことが有効だ。資金循環が実現できればやるべきことは見えてくる。この実験のマネージメントは外部者や起業支援の専門家であるべきだ。彼らは当事者と並走し、成果を生み出す支援に汗をかく。計画は計画通りにいかないが、ここで創発が起こる可能性が高い。予想外の出来事をうまく軌道修正できれば「怪我の功名」や「瓢箪から駒」が生まれる。外部者はこれを創発だと当事者に宣言し、なお一層偶然に生まれてきた強みを強化しようと叫ぶべき。その時成長軸は見えているはずだ。あとは産業として走るのみだ。そしてこのような産業化を支援する手法の確立や全国的な仕組みがあれば、地域の活性化、地域再生はもっと進むのだろう。
バケツによる発酵、中古のまんじゅう蒸し器による米蒸し、小型蒸留器の開発により米焼酎蒸留所の開設したばうむ合同会社(高知県本山町)